2011年4月7日木曜日

2011年3月21日14:32に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。


件名:Paradise in Hell :災害ユートピア

ダムタイプの藤本隆行演出「TRUE」公演の後、ダンサーと淺田彰の対談がありました。途中、ダンサーから、自分は今回の震災の事について、なぜふれないのかという意味の微妙な発言がありました。これを受けて、淺田氏は、「飢えた子供に対して文学には何が可能か」というような「ある意味では古典的な問い」と同じく、今回も、個人として様々な状況に対応することの意義は認めつつ、「直接的には状況に対して、芸術は何もできないし、するべきでない。粛々と日々の制作活動を継続することが、誠実な態度であり、いつかその行為が、人々の心を動かすことに於いて意義を持ち得る。」という、まっとうで、ある意味では模範的すぎる答を会場に向けて、啓蒙的な配慮もこめて話されていました。また、京都芸大建畠学長も「芸術は基本的にはなにもできない」ということをベンヤミンを絡めて、「しかしピカソのゲルニカは傑作である」と、淺田さんと近似した視点で語られていました。災害後、多くの文化人や作家など、それぞれの立場から、誠実な発信をされています。(幾つか添付)。少し考えてみたいのは、例えば、公演の後、ダンサーが、あえて、「なぜ震災の話しはしないのかについて、話すのか」という微妙な空気圧についてかもしれません。





今回の震災のおこる一月前、2月6日の朝日新聞の書評で、柄谷行人は、レベッカ・ソルニット著「災害ユートピアParadise in Hell ~なぜそのとき特別な共同体がたちあがるのか」を紹介していました。国家による秩序があるあいだは、「他人」を恐れて暮らしていた人達が、秩序がなくなったとたん、「他人」とつながり、別の自主的な秩序を生み出すという視点はとても興味ぶかかったので、以下に添付させてください。

京都市立芸術大学

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