2011年4月20日水曜日

2011年4月20日14:22に送信したメール。

2011年4月19日21:58に受信したメール。 に対する返信。


件名:Re: 明日の水曜の講読会の開催について


高橋さん

メールの返答にしばらく時間がかかることに関しては了解しました
問題ないです。

私も週末からしばらく旅行にいくのでメールチェックなどできくい状況になります。もし高橋さんからメールで返信があってもすぐには反応できなと思います。また電話も出にくい可能性があるのでご理解ください。

山根美緒

2011年4月19日火曜日

2011年4月19日21:58に受信したメール。

件名:明日の水曜の講読会の開催について


山根さん

先ほどのメールでもご連絡させていただきましたが、半数以上の講読会参加予定メンバーの合意を得ましたので、明日の講読会の開催は延期することになりました。山根さんからのメールに関する、高橋からの返答については、前回のメールでお伝えしましたように、送信していただいた内容を十分時間をかけて理解したのち返答の方法も含めて考えたいと思います。山根さん自身が決定した休学期間に、私がメールすること事態、不当であるのなら他の方法を探して、「ナガティブな連鎖」から「自発的で活発な場の形成」へと向かうことができる可能性をさぐります。

高橋

2011年4月19日15:24に受信したメール。

2011年4月19日13:23に送信したメール。に対する返信。


件名:Re: 講読会の企画提案
CC:複数名


山根さん

メールを受け取りました。いますぐ返答ができないことをお詫びします。慎重に読む必要があると同時に多くの誤解も含まれている複雑な内容なので返事をするのには時間をいただくことになります。(休学中の山根さんに講読ゼやテーマ演習について連絡したのは、復学後のスムーズな移行のためで、強制的なものでは、まったくありません。講読会も、午後五時から始めているもので自由参加の勉強会であり単位に関係するものとは位置づけていません。)講読会に関しては、ポジティブな空気の画期ある場としたいという意図はかわりありません。現状では、共に学ぶというより、対立や攻撃性が前にでた状況を少し冷静に眺めたいと思いますので他の参加の方々に許可を得てから明日の講読会の延期を行うことにします。本日中に、講読会延期に関して確認した後、再度、お知らせします。


高橋悟

2011年4月19日13:23に送信したメール。

2011年4月17日21:49に受信したメール。2011年4月18日13:03の電話。に対する返信。




件名:Re: 講読会の企画提案


高橋さん

(全員に返信で返信しております。高橋さんのメールにCCとして他に#################の名前がありましたが、CCにアドレスが有りませんでした。####以外はメールアドレスを知らないので###########に転送をお願いいたいします。)

メールと電話について返答します。
電話の音声は
http://yamanemio.blogspot.com/2011/04/20114181303.html
に公開しています。
高橋さんと私以外の個人名はすべて取り除いたはずですが、万が一残っていた場合には対処いたしますのでご指摘ください。

まず、講読会の企画についてですが、提案有難うございます。より有意義な購読会にするために、両案をもとに参加者で話し合っていただければと思います。

つぎに、ゼミをUstreamで中継・公開することについてですが、ゼミの中継の条件は当初より高橋さんから指示いただいた、下記の内容で実施しています。
「撮影許可についてですが、現時点では、山根さんに関わる個人面談のみとします。
講読会や他のゼミに関わるものは、参加する他の参加している人達の合意が得られれば、ば可能とします。」
引用元:http://yamanemio.blogspot.com/2011/04/2011411656.html

そこにいる誰かが公開するのが嫌だといっているにも関わらず公開することは本意ではありません。
参加者が公開しないという意思表示をしたと理解し、ゼミの中継は行いません。

また、もし公開によって誰かが私からその立場を悪用するハラスメントを受けたのであれば、当人に謝罪します。


以下に、准教授である高橋さんが私のプロジェクトである公開を行わないと決定された下記理由について私の考えを述べます。

以前書きましたように、「非公開にするだけの納得のいく理由がない限りは、大学の教授として行うこと、大学の院生として行うことは何でも公開するという前提で対応しなければいけない。」と私自身は考えています。
引用元:http://yamanemio.blogspot.com/2011/03/blog-post_647.html


> 1,「講読会・テーマ演習では、できるだけポジティブな雰囲気を持った場をつくり、普段は、言葉を発っしにくい学生も、自己の意見をいえるようにする。」このことが第一目標です。
> 2, 参加者が意見を交換する中で、本の内容や、テーマへの理解のみならず、参加者個人の思考についても理解することができ、そこから、「信頼ある関係」が形成される。
> 3.USTによる中継・公開という案は、大学に於ける制度・関係について考察する為の、山根さん個人のプロジェクトである。
> 4.講読会および、テーマ演習を開催した目的は、山根さん個人のプロジェクトのためでなく、上記のように、できるだけポジティブな雰囲気を持った場をつくり、普段は、言葉を発っしにくい学生も、自己の意見をいえるようにし、参加者個人の思考についても理解することができ、そこから、「信頼ある関係」が形成されるというものである。
> 5.講読会やテーマ演習で、毎回学生とUSTによる中継・公開について議論することで、言葉を発しにくい学生がでたりして、活発な場をめざす本来の目的に、ネガティブな影響、やハラスメントがおこりつつあること。



私の公開プロジェクトでは、以下のことを「公開の理由」として公開しています。
「大学の内での教授と学生という立場の差を考慮し、非公開の場で学生が言えることを制限され、教授が公開の場では言えないようなことを言うという事態を回避できる。」
引用元:http://yamanemio.blogspot.com/2011/03/blog-post_647.html
つまり、個人の発言が制限されるようなことがないようにするという目的において、私の公開プロジェクトも同様であると考えます。ただし、公開プロジェクトは、「ポジティブな雰囲気」をつくることにたいして、適切でない可能性があることは理解しています。そのため、参加者全員の了承を取ることを必須としていますが、不都合がある人に名乗りでてもらうのではなく、無記名の投票などにより匿名で意思確認を行える仕組みなどの工夫の余地は有ります。

また、3.において、「山根の個人プロジェクト」であることが理由に上がっていますが、私以外のゼミ参加者にも、自身のゼミを「ニコ生(ニコニコ生放送)」で中継したいというアイディアをTwitter上で発信されている方がいます。その案が「個人のプロジェクト」に該当するという理由でできなくなるのであれば、残念なことです。個人プロジェクトであっても、上記の無記名投票など実施のための模索がなされることを期待します。

以上より、
1.ゼミのテーマやそこで話される可能性のある内容を事前に参加者がある程度把握できてテーマによって参加者が柔軟に公開・非公開の意思表示を完全に匿名で行える仕組み
2.ゼミの途中でも柔軟に中継の中止が行えるようなシステム
などの対策を取り、「大学の内での教授と学生という立場の差を考慮し、非公開の場で学生が言えることを制限され、教授が公開の場では言えないようなことを言うという事態を回避」することを模索すべきというのが私の意見であり、公開プロジェクトを行っている目的そのものです。


メールに関する返事は以上ですが、18日の電話において、メールで返答するとの私の主張に対し、執拗に別の話題を持ち出し私の主張自体を無視したことで精神的な苦痛を覚えました。またこれまでのメールでのやりとりも含め、こちらからの質問に対し返答がなされないことが多かったことでも不信感が募っています。電話において大学院生である私の行動のすべてを准教授という立場から統制したいかのような発言も散見し、将来において行動が監視され、自由な行動を妨げようとするのではないかという危機感も生まれ、ゼミにおいて何もしたくなくなりました。
私のやりたいと思うこと、私の価値のあると思うことの達成のため高橋さんからのフィードバックまたはサポートを受けれるという期待は裏切られました。「災害ユートピア」のゼミに関しては、私はそこから企画を既に考え、研究を進めようと思っています。しかし、それを今のゼミでやる理由は見いだせません。講読ゼミに関しても同様です。

山根美緒

2011年4月18日13:03の電話。

高橋悟から山根美緒へ。



前半(14分ほど)


後半(4分ほど)

2011年4月17日日曜日

2011年4月17日21:49に受信したメール。

2011年4月17日19:11に送信したメール。に対する返信。


件名:Re: 講読会の企画提案


山根さん
cc: ####################################

講読会に関する提案を読みました。(他の学生にも読めるように添付しています。)

先週のテーマ演習と講読会について私も異なった角度から考えることがあり同様に##さん、##さんとは話をしました。(他の参加者は、現在のところ#############それに#####の学生です。)

講読会の前期の目的は、

a)学生間で読み、書き、話すことができる場とフォーラムの形成の為の準備

b)美術や思想を巡るさまざまな基本的な概念についての共通の理解をえることで、コミュニケーションの確立

というもので、送ってもらった企画書の目的との齟齬はありません。しかし手法や運営方法に関しては、山根案には問題があると考えます。以下の点に関わる修正案を山根案に対して次回に提案します。

本の選別に関しては、個人と社会の変革につながると信じる本を参加者が推薦するということは意義がある一方で、それぞれの本の関係性や順序やシークエンスは意味がないものに
なります。また、カバーすべき対象の範囲も問題がでるかもしれません。

■選別方法としては、ウエブに書評をアップするという方法ではなく、
1-本棚をゼミ室に設ける。
2-ゼミ参加者は、それぞれ自分が推薦する本を、その本棚に置く。(本棚の本をゼミ参加者は立ち読みもしくは、閲覧することができる。)
3-推薦者は、その本の書評をアップする。5月8日締め切り
4-5月11日に本の選定を参加者で行う。このとき、各推薦者の意図をあらためて理解することを参加者同士で行う。
5-選ばれた本の順序について、テーマ、歴史性なども考慮して決める。


講読会にも触れられている公開の目的と意義についても考えました。これは、講読会だけではなく、テーマ演習での公開にも関連しています。

1,「講読会・テーマ演習では、できるだけポジティブな雰囲気を持った場をつくり、普段は、言葉を発っしにくい学生も、自己の意見をいえるようにする。」このことが第一目標です。

2, 参加者が意見を交換する中で、本の内容や、テーマへの理解のみならず、参加者個人の思考についても理解することができ、そこから、「信頼ある関係」が形成される。

3.USTによる中継・公開という案は、大学に於ける制度・関係について考察する為の、山根さん個人のプロジェクトである。

4.講読会および、テーマ演習を開催した目的は、山根さん個人のプロジェクトのためでなく、上記のように、できるだけポジティブな雰囲気を持った場をつくり、普段は、言葉を発っしにくい学生も、自己の意見をいえるようにし、参加者個人の思考についても理解することができ、そこから、「信頼ある関係」が形成されるというものである。

5.講読会やテーマ演習で、毎回学生とUSTによる中継・公開について議論することで、言葉を発しにくい学生がでたりして、活発な場をめざす本来の目的に、ネガティブな影響、やハラスメントがおこりつつあること。

以上の点を考慮して、構想の講読会とテーマ演習に関しては、USTによる中継・公開は、行わないことにします。山根さん個人のプロジェクトに関する面談やメールのやりとりなどに関しては自由に公開してください。

■講読ゼミの運営にかんしては、積極的な参加を奨励しますが、厳密なルールで縛るつもりもありません。講読やテーマ演習に参加することと制作することが連動して心と体に元気がでてほしいと思います。グループ活動を肯定的につづけるルールとして、上野千鶴子さんは、三つの提案していました。

1、やりたい人がやる。

2、やりたくない人は、やりたい人の足をひっぱらない。

3、いつでも自由にやめられる。

上の三つのことを頭にいれておけば続けていけると考えています。


高橋悟

2011年4月17日19:11に送信したメール。

件名:講読会の企画提案


高橋さん

前回の講読ゼミのあと、あのままの講読ゼミではいけないと思ったので、
##さんと++さんと話しあって企画書を書くことにしました。

昨日、企画書を完成させました。このメールに添付します。
この企画を4月20日の講読会内で参加者に提案しますのでゼミの最初にその時間を下さい。

お願いします。

山根美緒



添付ファイル 講読会企画書

2011年4月17日11:58に受信したメール。

件名:マイケル・サンデル 究極の選択」 大震災特別講義 ~私たちはどう生きるべきか~
宛先:山根を含む複数名


昨日NHKで「マイケル・サンデル 究極の選択」 大震災特別講義 ~私たちはどう生きるべきか~」という番組がありました。ボストン・東京・上海をつないで学生達との議論をまじえた講義だったようです。あいにく放送をみのがしたのですが、どなたかご覧になりましたか?また、録画などされているかたありましらが教えてください。

高橋

2011年4月14日木曜日

2011年4月14日ブログ「くらしくすぐる」

「公開です。」に関する記事のリンクを張ります。

「くらしくすぐる」2011年4月14日の記事。

2011年4月14日13:01からの高橋悟と山根美緒の会話。(音声のみ)


2011/04/14の放送。「災害ユートピア」というゼミ。


前半。(13時20分頃から)


後半。
中継はしていましたが、録画を忘れました。最後の数分しかないです。

関連書籍
「災害ユートピア」 レベッカ・ソルニット
「無縁・公界・楽ー日本中世の自由と平和」 網野善彦著

2011/04/13の放送。講読ゼミ(17時10分頃から)


未完の過去-この30年の美術 セッション3を読んで参加するゼミです。

2011年4月13日12:49に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。

件名:本日の講読会


本日の講読会は午後五時よりおこないます。資料は木部屋にありますので、基調報告の部分は読んでおいてください。

高橋





注:講読会に出席予定だったため公開しました。

2011年4月12日火曜日

2011年4月12日21:17に送信されたメール。

2011年4月12日7:29に受信したメール。に対する返信。


件名:Re: 講読ゼミ


高橋さん

わかりました。
講読会も公開・中継をしたいです。公開意図を簡単に説明し同意を得れるか確認したいので、講読会開始後そのための時間を下さい。質問に時間がかからない限り5-10分くらいでできるように用意していきます。

同意がなければ中継・公開はしませんので、山根に説明・確認のための時間を下さい。お願いします。

山根美緒

2011年4月12日7:29に受信したメール。

2011年4月11日19:36に送信されたメール。に対する返信。


件名:Re: 講読ゼミ




山根さん

時間は午後五時から。場所はゼミ室です。
第一回は、「未来の過去」のなかの「ジェンダー」にかんする討議をよみます。本日、##さん、**さんにコピーをとってもらい、研究室に置いておきます。(研究室は、いま整理中ですが、本題を増やして講読会の本をおくようにします)

高橋

2011年4月11日月曜日

2011年4月11日19:36に送信されたメール。

2011年4月10日10:25に受信したメール。 に対する返信。


件名:Re:講読ゼミ


高橋さん

講読ゼミの時間は決まりましたか?教えていただきたいです。
場所も教えてください。

1回目は4月13日であっていますか?
どれを読んだらいいのかまだ教えてくださってないので、もしかしたら来週かもしれないと思い確認しています。
リスト内で講読会までに手に入れられなさそうなものが多いので、今週なら読むのが難しいです。
当日、研究室に本を置いておいてくださるならそんなに早くはいけないのですがなるべく早めに行って読もうとは思っていますが。

山根美緒

2011年4月10日日曜日

2011年4月10日10:49に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。

件名:構想講読会


高橋です

今季から「構想」ゼミでは講読会を行います。構想・メディア・映像など芸術表現に関わる基盤としてだけでなく、現在の世界をナビゲートする為の大づかみな地図として講読を考えています。こんな量、よめるのかと思われそうですが、部分を抜き出して読んでいくのでそれほど大変ではありません。(あくまで制作が基本です。曜日は水曜で、時間は明日の月曜に決めたいと思います。(構想基礎との関連で最初の一ヶ月は時間が変則的になることもあります。)構想以外のゼミ学生のかたも自由に参加 していただければと思います。



添付資料内の文章

構想ゼミ講読会リスト(毎週水曜午後もしくは夕方の予定)

未完の過去-この30年の美術   (対談)浅田彰・建畠暫・高階秀治ほか
サラエボでゴドーを待ちながら        スーザン・ソンダク
しきいの文化史  柏木博
大衆文化の夢の世界  スーザン・バックモース
人類最古の哲学 中沢新一
カミのいる宇宙 持田明美
セヴェラルネス  中谷礼人
生き延びる技術としての建築 石山修武
日本近代文学の起源or美術館としての日本 柄谷行人
視覚論        ジョナサン・クラレィー
脳のエシックス   美馬達也
洞窟へ 港千尋
無縁・公会・楽  網野善彦
媒介者  ジル・ドゥルーズ
絵画入門:日曜画家のための           林 剛
大人になるための経済活動  内田樹
愛と経済のロゴス 中沢新一
不純なる教養 白石嘉治
反美学   ハル・フォスター
映像の修辞学・明るい部屋  ロラン・バルト
オリジナリティと反復  ロザリンド クラウス



注:2011年4月10日10:25に送信されたメール。と関連があるため公開しました。

2011年4月10日10:25に受信したメール。


件名:講読りすと

山根さん
講読リストの添付です。世界うぃナビゲートする為のの大づかみなマップとして考えています。こんな量よめるのかと思われそうですが、部分を抜き出して読んでいくことになります。曜日は水曜で、時間は明日の月曜に決めたいと思います。(構想基礎との関連で最初の一ヶ月は時間が変則的になることもあります。)

高橋


構想ゼミ講読会リスト(毎週水曜午後もしくは夕方の予定)

未完の過去-この30年の美術   (対談)浅田彰・建畠暫・高階秀治ほか
サラエボでゴドーを待ちながら        スーザン・ソンダク
しきいの文化史  柏木博
大衆文化の夢の世界  スーザン・バックモース
人類最古の哲学 中沢新一
カミのいる宇宙 持田明美
セヴェラルネス  中谷礼人
生き延びる技術としての建築 石山修武
日本近代文学の起源or美術館としての日本 柄谷行人
視覚論        ジョナサン・クラレィー
脳のエシックス   美馬達也
洞窟へ 港千尋
無縁・公会・楽  網野善彦
媒介者  ジル・ドゥルーズ
絵画入門:日曜画家のための           林 剛
大人になるための経済活動  内田樹
愛と経済のロゴス 中沢新一
不純なる教養 白石嘉治
反美学   ハル・フォスター
映像の修辞学・明るい部屋  ロラン・バルト
オリジナリティと反復  ロザリンド クラウス




注:「無縁・公会・楽  網野善彦」は「無縁・公界・楽 網野善彦」の誤りです。
「しきいの文化史  柏木博」は『「しきり」の文化論 柏木博の誤りです。

2011年4月7日木曜日

2011年4月5日19:31に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。


件名:テーマ演習「災害ユートピア」

高橋悟です

ご存じのかたも多いと思いますが、本年からテーマ演習と自由テーマ研究が一本化され、テーマ演習になりました。テーマ演習は、従来のように教員から出されるものに加え、学生から提案されるものも可能となりました。対象は三回生、四回生、大学院生で、単位は二単位です。今日、大学院の##さん、##さんに協力してもらう形で、テーマ演習「災害ユートピア」を教務学生課に提出しました。シラバスには掲載されていませんが、履修できます。すでに、わたしのほうから声をかけて返事をもらっている学生は、登録ずみです。興味あるかたは初日の14日の1時においでください。

概要

災害ユートピア」とは、秩序があるあいだは、「他人」を恐れて暮らしていた人達が、秩序がなくなったとたん、「他人」とつながり、助けたいという衝動のもとに、たちあがる特別な共同体をさします。311日の震災以降さまざまな動きがあり、それぞれの人が、日々何かを感じ、考えていると思います。個人の制作の意味、人・社会・コミュニティーとの関係。心・体とストレス・ケアと表現。マスメディアとネットの情報差。失ったもの・記憶・再生などなど。芸大学長が卒業式で述べたように「芸術という行為は、直接的には何もできない。」という模範解答もありますが、答えを求める前に、直面しているリアルな状況について、みんなで語り合える場をもてないものかと考えました。そのことが、人間性や芸術に関する通念を見直すことに繋がってゆけばと思います。(強制的になにかをするというプロジェクトではありません。)






注:2011年4月7日16:37に受信したメール。 2011年4月7日19:48に送信されたメール。 と関連があるため公開しました。

2011年4月7日19:48に送信されたメール。

件名:Re: メーリングリストの文章について


高橋さん

4月13日(水)の講読ゼミと4月14日(木)のテーマ演習に参加します。

講読ゼミで読むものは決まっているのでしょうか?
読む時間が欲しいので決まっていたら教えてください。

もし決まってないのでしたら、
野田俊作著「アドラー心理学トーキングセミナー」 http://amzn.to/eJuTnV
はどうでしょうか?
第1部が70ページほどで、すぐ読めるようなものなので、来週も水曜まででも余裕があると思います。
心理学を知らなくても他の文献など参照せずにどんどん読んでいける本です。でも、時々びっくりするようなことが書いてあるのがおもしろい。

「災害ユートピア」はまだ読んでいません。
値段が安かったため英文のを注文しています。まだ配達日がわからないので初日までに読めるかわかりませんが近いうちに読めるようにしています。


山根美緒

2011年4月1日17:06の電話。

高橋悟から山根美緒へ

内容:
メールを送信したことを伝える。電話は避けたいのかという質問。
山根から講読会に関しての質問。

記録がありません。山根美緒が内容を大まかにメモしました。

2011年4月7日15:03に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。

件名:3月11日月曜の前期構想設計オリエンテーション


3月11日前期構想設計オリエンテーションは午後3時から構想ゼミ室でおこないます。構想基礎・学部三・四回生・大学院を含め全員出席してください。

高橋







注:2011年4月7日16:37に受信したメール。 と関連があるため公開しました。

2011年4月7日16:37に受信したメール。

件名:Re: メーリングリストの文章について


山根さん

了解です。11日月曜は3時からオリエンテーション。この日に火曜の各学生の個人面談の日程なども決めたいと思います。水曜は講読ゼミ。木曜はテーマ演習「災害ユートピア」となります。
網野善彦の「無縁・公会・楽」も、自律した共同体への考察につながると思います。山根さんに、私が個人的に期待するのは、このような共同体の形成にかかわる問題と個人の表現に関わる問題を関係させ独自の視点から展開するというものです。

高橋

2011年3月21日14:32に京都市立芸術大学・構想設計/造形構想専攻のメーリングリスト宛に送信されたメール。


件名:Paradise in Hell :災害ユートピア

ダムタイプの藤本隆行演出「TRUE」公演の後、ダンサーと淺田彰の対談がありました。途中、ダンサーから、自分は今回の震災の事について、なぜふれないのかという意味の微妙な発言がありました。これを受けて、淺田氏は、「飢えた子供に対して文学には何が可能か」というような「ある意味では古典的な問い」と同じく、今回も、個人として様々な状況に対応することの意義は認めつつ、「直接的には状況に対して、芸術は何もできないし、するべきでない。粛々と日々の制作活動を継続することが、誠実な態度であり、いつかその行為が、人々の心を動かすことに於いて意義を持ち得る。」という、まっとうで、ある意味では模範的すぎる答を会場に向けて、啓蒙的な配慮もこめて話されていました。また、京都芸大建畠学長も「芸術は基本的にはなにもできない」ということをベンヤミンを絡めて、「しかしピカソのゲルニカは傑作である」と、淺田さんと近似した視点で語られていました。災害後、多くの文化人や作家など、それぞれの立場から、誠実な発信をされています。(幾つか添付)。少し考えてみたいのは、例えば、公演の後、ダンサーが、あえて、「なぜ震災の話しはしないのかについて、話すのか」という微妙な空気圧についてかもしれません。





今回の震災のおこる一月前、2月6日の朝日新聞の書評で、柄谷行人は、レベッカ・ソルニット著「災害ユートピアParadise in Hell ~なぜそのとき特別な共同体がたちあがるのか」を紹介していました。国家による秩序があるあいだは、「他人」を恐れて暮らしていた人達が、秩序がなくなったとたん、「他人」とつながり、別の自主的な秩序を生み出すという視点はとても興味ぶかかったので、以下に添付させてください。

京都市立芸術大学

2011年4月6日水曜日

2011年4月6日17:36に送信されたメール。

件名:メーリングリストの文章について

高橋さん

http://yamanemio.blogspot.com/
に公開しているメールのやりとりのなかに、3月21日に高橋さんが構想設計のメーリングリストに流したメール「Paradise in Hell:災害ユートピア」をもとにしたやりとりが含まれています。
このメールの内容が公開されないと公開されている文章の正確に意味がとれないような状況にあると思いますので、「Paradise in Hell:災害ユートピア」のメールを公開してもいいでしょうか?

また、メーリングリストに高橋さんが投稿したメールのうちで、私に関係があるもの、私の名前が出ているもの、今回のように私が反応したものなどは公開したいので、許可を下さい。他の人の個人名などは隠すように配慮しますのでお願いします。もし、公開が無理な場合は連絡いただければ公開しません。もし、公開してしまっていた場合は削除します。

電話に関してですが、通話を録音できるようにしました。
なるべくいつでも、録音可能状況にしておきますので、記録ができないということは気にせずにお電話してくださって大丈夫です。


山根美緒

2011年4月2日土曜日

2011年4月2日のツイッターでの書き込み

http://twitter.com/ohtani_takashi/status/54107127588978688より転載。
「公開です。」http://yamanemio.blogspot.com/ の4月1日エントリーで「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」とされている「淺田さんや、建畠さんの立場」を示す原典が知りたいね。 @miooooo

JARetweetRTViaDMReplyReply All

2011年4月2日21:22に送信されたメール。

件名:Re: 山根です。面談について


高橋さん


お返事ありがとうございます。


> 返答に時間がかかりましたが、京都市立芸術大学の准教授として立ち位置から、現在休学中の山根さんへの返答という形にしみてます。(この返答と先回の返答を公開してください。)
>
> 学生個人の権利・保護にかかわるものとして山根さんが位置づけた「公開の意味」について僕なりに考えています。記録・公開になることで、日本の大学という制度に於ける、教員と学生の関係の在り方の実験と実践として価値ある事だと考えます。
> 撮影許可についてですが、現時点では、山根さんに関わる個人面談のみとします。
> 講読会や他のゼミに関わるものは、参加する他の参加している人達の合意が得られれば、ば可能とします。
> 次に、面談の場所ですが、山根さんとの面談は、公開が目的なので、閉じた個室の高橋研究室ではなく、空間が開けた多数の目が或る場所が良いと考えます。具体的には、学生食堂ロビーなど。

撮影許可については了解しました。
個人面談以外についても、合意が得られれば撮影・公開したいと思っています。
その場合、まだ状況などわからない部分が多いので必要に応じて相談します、無許可での公開は行いません。
面談は確かに公開ですが、その時点で誰かに見られていることよりもそれが記録され後になっても誰でも、いつでも見れるということを重視しています。そのため、ロビーなどでやる必要性は今のところ考えていませんでしたが、それを行うことにより何が変化するのか考えてみます。

念のため確認します。今後、特に「公開不可」の記述がない限り高橋さんのメールをすべて公開しますが、問題ないでしょうか?

「そのための一つとして、高橋悟とのやりとりをすべて美術として扱い公開する。」と以前書きましたが、確かに電話など記録しにくい通信手段があることに気づきました。記録できないからといって、必要な通信手段を断つことはできないので、対処方法を考えます。
例えば、電話であれば着信日時くらいのことは残っていますのでこれを公開したい。その他、想定外のことがまだあると思います。



> 以上が、京都市立芸術大学の准教授として立ち位置から、現在休学中の山根さんへの返答をした高橋悟でした。しかし、このような言葉と記録に関わる部分での、教員と学生という制度的関係のみが、生産的な場へと将来もつながっているのかは疑問です。時間外・学外・卒業後など、あいまいな場・関係もありますが、大事にしたいことは、上下関係や、正面切ってにらみあう関係でなく、横並びの関係で、そこから互いの思考が拡がる可能性を期待できる、そのような場と関係です。それは、卒業単位取得を優先目的にした大学ではなく、中世イタリアにあったような、知を共創するような「大学」のイメージかもしれません。
>
>
> 次に、高橋から山根さんにお送りした内容の再確認を以下にします。
>
>> 面談の目的を整理します。
>> 1)10月まで休学となるが、修了審査、作品制作など時間的な問題を考慮すると4月から授業に参加する事が望ましい。
>
>
> このことに関して、現在、どう考えてますか?

授業が講読会・ゼミを指すのであれば参加予定です。
10月以降だけである程度の修了制作を完成させるというのはかなり難しいと私も思います。



>> 2)休学以前からの問題であるが、他者の作品には論理的に語れるのに、自己の作品に関しては、制作行為とコンセプトの関係がうまくいかないという問題にどう対応するのか。
>
>
> 美術作品としての身体や手作業からの展開と、映像を使用したメディエーション(媒介)や、アクティビズムなど山根さんが関わっている問題をどうむすびつけるのか。

自分の作品のコンセプトが話せないというのは大きな問題です。今までに、そのことの重さを実感しました。
「公開の理由」を読んでいただいたと思います。そこにこのこの問題に対する対処の一端が見られると思います。
今後の研究が進む中でこの点に対して対応が不十分な場合はご指摘頂きたいです。

以前はそうでしたが、一般的にアクティビズムだと言われているだろうことには今はほとんど関わってはいません。




>> 3)「大学院生というのは、自分自身に創造的な「問題」を与えることができること。」というのが私の定義です。アメリカで私が大学院生であったとき、さらに、カーネギーメロン大学や、ミシガンの大学院生も、この「問題を自分で探し、自分に与える。」ということを前提に入学し、その問題意識を他の学生と話しあうことで、多角的に検討するということをおこなってきました。これが、大学院と学部の大きな違いです。
>
>
> 私が考える大学院生の役割は上記のものです。
>
>> 4)休学中に期待されていることは、上記の「自分自身に創造的な「問題」を与えることができること。」について、「正面から向き合うための期間」です。
>
>
> 休学前に山根さん自身が休学理由として、のべていたことと考えていますが、齟齬があるかもしれません。こんご記録・公開になることで、確認できることは良いことだと思います。

最終的には、その時点で学校にいく理由が見つからなかったのが休学の大きな動機になっています。
その動機にたどり着く過程でそのようなことを言ったのかも知れませんが、覚えていませんしわからないです。
動機がどうであれ、今後取り組む課題を見つけ、10月には復学しようと思っています。この課題については今文章化に取り組んでいます。



>> 5)「講読会」は、毎週1回おこないます。の前期の目的は、
>>   a)学生間で、読み、書き、話すことができるフォーラム形成のための準備。
>>      b)美術や思想を巡るさまざまな基本的な概念についての共通の理解の準備。
>>      c)現代思想や美術などで流通している概念の理解と検証。
>
> 日程は構想ゼミのオリテンテーションでに確認します。

わかりました。
日程と読む物がきまったら教えて下さい。


> 山根さんから、
> 高橋さんの「(講読ゼミにで扱うようなある事柄を)ポジティブにとらえても批判的に捉えてもいい」という発言を、高橋さん自身やゼミの態勢としてどちらの側にも立ってもいいし、議論をする用意があるという意味だと捉えた。そして、「複雑なことを複雑に考える」のは必要なことだろうと思う。しかし、複雑だと思い込んで、「解決しない」ということを受け入れるようなことはうちは望んでいない。これに、要素を排除して議論を簡単にしようという意図は含まれていない。
>
> という返事でしたが、すこし視点がちがいます。「高橋さん自身やゼミの態勢としてどちらの側にも立ってもいいし、議論をする用意があるという意味」ではなく、まず基本的にみんなで読み、話す素材・本に関してです。まず、内容を理解しようとすること。次の段階として、その内容に関して、賛同・批判をするのが手順だと考えます。グループで話しあう場の形成が目的なので、あたまから、否定的な態度で参加しても、他の参加する人達に生産的な場となるとは思われません。

「内容の理解」を進めようとする時に少なからず個人個人の意見が入るとは思いますが、私があたまから否定的な態度を取る気はないです。
人の意見や疑問を聞くこと、なぜそう思うのか考えたり質問したりすること、他人の意見に対して同様、自分自身の意見に批判的(critical)にあることは基本的姿勢として行います。


>> 6)「構想ゼミ」は、個人面談とグループディスカッションを隔週に行う。学部上級生と大学院生共同
>
>
> 個人面談は、必要に応じて学生から、もしくは、担当教員から声を掛けてきめるということにしています。
>
>>
>> 7)「災害」と芸術に関しては、ゼミで意見を交わすことが生産的だと考えます。そのことで、それぞれの人達の考える社会・芸術・制度にかんする認識の差異や同一性が見えてくるはずです。あるいみでは、コンフリクトを生む場でもあると思います。一方で、柄谷行人が取り上げた「災害ユートピア」のように、権力がもたらす制度・秩序が行使されている間は、「他人と競合したり、警戒しあったり」という状況に置かれていた個人が、制度・秩序に、揺らぎが生じた時には、「他人とつながり、たすけあいたい」という意識のもとに、自発的に共同体を形成するという可能性をアートとの関係から探求したいと思います。また、僕個人としては、マルグリット・デュラスの「ヒロシマ・私の恋人」という小説に於けるアプローチに別の可能性をみつつあります。
>
>
>
> 山根さんのメールで、「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」という発言に対し、曖昧な態度をとったことを後悔している。うちがそう思わなかったことしか言っていない。そのメールを読んだには怒りを感じたのにも関わらず、ビデオの中にはそうではない自分が写っている。この人物をうちが好きになれることはないだろうと思った。芸術を用い何かをしている人がいるとわかりながら、その行為が何か役に立っているという思いを持ちながらこの発言を放置する態度は認められない。
> となっています。
> メールで紹介した淺田さんや、建畠さんの立場ではなく、僕自身の立場は、「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」とはいっていません。注意して最初のメールもよんでみてください。そこを基盤に、現在、プログラムを準備しています。しかし、そのプログラムをアートとしえ成立させ位置づけるのか、アナ-ザーモデルとしての実践として捉えるのかは、関わる本人ではなく、社会や制度がきめつけることだとも考えています。
> 最も、聞きたいこと、聞かせてほしいかったことは、現在、もしくは将来にむけて、(震災などに対し)どのような立場で、どのような行動をする(行動をしない)気持ちがあるかということです。

『僕自身の立場は、「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」とはいっていません。』
ということは理解しています。面談でも確認しました。
書き方に問題があったならば私のせいですが、私がそこに直接的に書いたのはその淺田さんや建畠さんの発言に対しての私の態度についてです。高橋さんの態度についてではありません。今は、淺田さんや建畠さんがどういう意図でその発言をしたのか知りたいと思っています。この間、高橋さんが言われた以外の意味があるのかもしれない。
これに関してはプログラムを準備してるということなら、ゼミなどで話がでるのでしょうか?そうであればそこで詳しく聞きたいです。


>> 9)次回の面談では、まず、プロジェクトの構想や、言葉で書いたものをもってきてください。そこから具体的な話しがはじまると考えます。

わかりました。
「公開の理由」はこれから修正・書き足しが必要になるかもしれませんがそれだと認識しています。
その他のプランを文章化します。



山根美緒

2011年4月1日金曜日

2011年4月1日16:56に受信したメール

件名:Re: 山根です。面談について


山根さん


返答に時間がかかりましたが、京都市立芸術大学の准教授として立ち位置から、現在休学中の山根さんへの返答という形にしみてます。(この返答と先回の返答を公開してください。)

学生個人の権利・保護にかかわるものとして山根さんが位置づけた「公開の意味」について僕なりに考えています。記録・公開になることで、日本の大学という制度に於ける、教員と学生の関係の在り方の実験と実践として価値ある事だと考えます。
撮影許可についてですが、現時点では、山根さんに関わる個人面談のみとします。
講読会や他のゼミに関わるものは、参加する他の参加している人達の合意が得られれば、ば可能とします。
次に、面談の場所ですが、山根さんとの面談は、公開が目的なので、閉じた個室の高橋研究室ではなく、空間が開けた多数の目が或る場所が良いと考えます。具体的には、学生食堂ロビーなど。

以上が、京都市立芸術大学の准教授として立ち位置から、現在休学中の山根さんへの返答をした高橋悟でした。しかし、このような言葉と記録に関わる部分での、教員と学生という制度的関係のみが、生産的な場へと将来もつながっているのかは疑問です。時間外・学外・卒業後など、あいまいな場・関係もありますが、大事にしたいことは、上下関係や、正面切ってにらみあう関係でなく、横並びの関係で、そこから互いの思考が拡がる可能性を期待できる、そのような場と関係です。それは、卒業単位取得を優先目的にした大学ではなく、中世イタリアにあったような、知を共創するような「大学」のイメージかもしれません。


次に、高橋から山根さんにお送りした内容の再確認を以下にします。



面談の目的を整理します。
1)10月まで休学となるが、修了審査、作品制作など時間的な問題を考慮すると4月から授業に参加する事が望ましい。

このことに関して、現在、どう考えてますか?


2)休学以前からの問題であるが、他者の作品には論理的に語れるのに、自己の作品に関しては、制作行為とコンセプトの関係がうまくいかないという問題にどう対応するのか。

美術作品としての身体や手作業からの展開と、映像を使用したメディエーション(媒介)や、アクティビズムなど山根さんが関わっている問題をどうむすびつけるのか。



3)「大学院生というのは、自分自身に創造的な「問題」を与えることができること。」というのが私の定義です。アメリカで私が大学院生であったとき、さらに、カーネギーメロン大学や、ミシガンの大学院生も、この「問題を自分で探し、自分に与える。」ということを前提に入学し、その問題意識を他の学生と話しあうことで、多角的に検討するということをおこなってきました。これが、大学院と学部の大きな違いです。

私が考える大学院生の役割は上記のものです。


4)休学中に期待されていることは、上記の「自分自身に創造的な「問題」を与えることができること。」について、「正面から向き合うための期間」です。

休学前に山根さん自身が休学理由として、のべていたことと考えていますが、齟齬があるかもしれません。こんご記録・公開になることで、確認できることは良いことだと思います。



5)「講読会」は、毎週1回おこないます。の前期の目的は、
a)学生間で、読み、書き、話すことができるフォーラム形成のための準備。
     b)美術や思想を巡るさまざまな基本的な概念についての共通の理解の準備。
     c)現代思想や美術などで流通している概念の理解と検証。
日程は構想ゼミのオリテンテーションでに確認します。

山根さんから、

高橋さんの「(講読ゼミにで扱うようなある事柄を)ポジティブにとらえても批判的に捉えてもいい」という発言を、高橋さん自身やゼミの態勢としてどちらの側にも立ってもいいし、議論をする用意があるという意味だと捉えた。そして、「複雑なことを複雑に考える」のは必要なことだろうと思う。しかし、複雑だと思い込んで、「解決しない」ということを受け入れるようなことはうちは望んでいない。これに、要素を排除して議論を簡単にしようという意図は含まれていない。
という返事でしたが、すこし視点がちがいます。「高橋さん自身やゼミの態勢としてどちらの側にも立ってもいいし、議論をする用意があるという意味」ではなく、まず基本的にみんなで読み、話す素材・本に関してです。まず、内容を理解しようとすること。次の段階として、その内容に関して、賛同・批判をするのが手順だと考えます。グループで話しあう場の形成が目的なので、あたまから、否定的な態度で参加しても、他の参加する人達に生産的な場となるとは思われません。



6)「構想ゼミ」は、個人面談とグループディスカッションを隔週に行う。学部上級生と大学院生共同

個人面談は、必要に応じて学生から、もしくは、担当教員から声を掛けてきめるということにしています。


7)「災害」と芸術に関しては、ゼミで意見を交わすことが生産的だと考えます。そのことで、それぞれの人達の考える社会・芸術・制度にかんする認識の差異や同一性が見えてくるはずです。あるいみでは、コンフリクトを生む場でもあると思います。一方で、柄谷行人が取り上げた「災害ユートピア」のように、権力がもたらす制度・秩序が行使されている間は、「他人と競合したり、警戒しあったり」という状況に置かれていた個人が、制度・秩序に、揺らぎが生じた時には、「他人とつながり、たすけあいたい」という意識のもとに、自発的に共同体を形成するという可能性をアートとの関係から探求したいと思います。また、僕個人としては、マルグリット・デュラスの「ヒロシマ・私の恋人」という小説に於けるアプローチに別の可能性をみつつあります。


山根さんのメールで、「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」という発言に対し、曖昧な態度をとったことを後悔している。うちがそう思わなかったことしか言っていない。そのメールを読んだには怒りを感じたのにも関わらず、ビデオの中にはそうではない自分が写っている。この人物をうちが好きになれることはないだろうと思った。芸術を用い何かをしている人がいるとわかりながら、その行為が何か役に立っているという思いを持ちながらこの発言を放置する態度は認められない。
となっています。
メールで紹介した淺田さんや、建畠さんの立場ではなく、僕自身の立場は、「(震災などに対し)芸術は何もできないし、するべきでない。」とはいっていません。注意して最初のメールもよんでみてください。そこを基盤に、現在、プログラムを準備しています。しかし、そのプログラムをアートとしえ成立させ位置づけるのか、アナ-ザーモデルとしての実践として捉えるのかは、関わる本人ではなく、社会や制度がきめつけることだとも考えています。
最も、聞きたいこと、聞かせてほしいかったことは、現在、もしくは将来にむけて、(震災などに対し)どのような立場で、どのような行動をする(行動をしない)気持ちがあるかということです。


9)次回の面談では、まず、プロジェクトの構想や、言葉で書いたものをもってきてください。そこから具体的な話しがはじまると考えます。

返答が遅れましたが、以上が高橋悟からの返答です。山根さんからの返答をまっています。

(サーバーの都合で、返信エラーがでることがありますが問題ありません。)